9.3 二値情報源

9.2 節はのグラフの両端を決めた.左の端では,情報源アルファベットが再現アルファベットに含まれ,しかも歪み尺度が「になるのは一致するときだけ」を満たすとき,値は情報源のエントロピーである(命題 9.2.4).右の端では,以上の歪みを許すと値がになる(命題 9.2.5).残っているのは両端のあいだの形で,本節はいちばん小さい情報源についてそれを決める.情報源も再現もとの二文字にとり,歪みは当たったか外れたかだけを見る Hamming 歪み(例 9.1.3)にとる.答えは,歪みを許しすぎない範囲では,情報源のエントロピーから,許した歪みのぶんのエントロピーを引いた形になる.

本節のアルファベットは有限だから,定義 9.1.5 と 9.2 節の主張はそのまま当てられる.本節はをと書く.補題 9.2.2 の証明が同時分布をと書いていて字が重なるが,あちらはつねに二つの引数をとるので,引数のないはつねに二値情報源のパラメータである.9.2 節が両端を確かめたときに使ったと同じものである.

二値エントロピー関数の形

答えを書き下すには,二値エントロピー関数(例 1.1.2)について三つのことが要る.左右対称であること,凹であること,そして左半分で増えることである.がで最大になるのだから三つめもそうなっているはずで,実際に前の二つから出る.出発点は 補題 1.1.8 が示したの凹性ひとつである.

補題 9.3.1(二値エントロピー関数の対称性・凹性・単調性). を例 1.1.2 の二値エントロピー関数とする.次の三つが成り立つ.

  1. どのについてもである.
  2. とについてである.すなわちはの上で凹である.
  3. を満たす実数,についてである.

証明.

  1. 例 1.1.2 の定め方からである(は 1.1 節の記号である).右辺はとを入れ替えても変わらない.

  2. とおく.補題 1.1.8 が示したの凹性を点の形で,に当てるとである.同じ凹性を,に当てると,だからである.二つを足すと第の等式で使った形からを得る.

  3. ならばで両辺が等しいから,としてよい.をとの凸結合として書けるように重みを選びたい.そうできれば,第の主張の凹性よりはとの重み付き平均以上であり,第の主張より後者はに等しいから,が出る.をについて解くと

    𝜆:=1−𝑠−𝑡1−2𝑠

    とおく.より分母は正である.とよりだから分子も正であり,よりだからである.また

    𝜆𝑠+(1−𝜆)(1−𝑠)=(1−𝑠)−𝜆(1−2𝑠)=(1−𝑠)−(1−𝑠−𝑡)=𝑡

    である.とはどちらもに入るから,第の主張を,ととって当てるとであり,第の主張よりだから,右辺はに等しい.

◻

形式化上の注記

補題 9.3.1 にあたる宣言は本書の形式化には無い.ただし本書が述べないだけで,三つの主張はどれも二値エントロピー関数についての Mathlib の無条件の機械検証済みの補題として存在する.対称性が Real.binEntropy_one_sub,凹性はさらに強い狭義凹性の形で Real.strictConcave_binEntropy,区間での単調性もさらに強い狭義単調増加の形で Real.binEntropy_strictMonoOn である.どれも対数の底の取り方によらない性質である.

下界

定義 9.1.5 が最小にするのはである.定理 1.3.4 でこれをと読むと,第項はを含まない定数だから,問いは「との結びつきをいちばん弱くする」から「再現を見たあとに残るの不確かさをいちばん大きくする」に移る.そして歪みの制約が言っているのは,二つの文字が食い違う確率が以下だ,ということだけである.食い違ったかどうかを表す二値の確率変数を一つ置けば,そこに二値エントロピー関数が出てくる.

命題 9.3.2(相互情報量の下界). 𝜋 ∈[0,1],とする.とし,を,で定まる上の分布,を例 9.1.3 の Hamming 歪みとし,とを定義 9.1.5 のとおりとする.このとき,どのについても

𝐼(𝑝;𝑞)≥𝐻𝑏(𝜋)−𝐻𝑏(𝐷)

である(は例 1.1.2 の二値エントロピー関数).

証明. をとり,を定義 9.1.5 のとおり同時分布をもつ対とする.定義 9.1.5 よりであり,定理 1.3.4 よりである.は確率で,確率でをとるから,例 1.1.2 よりである.

食い違いを表す確率変数を置く.のとき,のときをとる確率変数をとする.例 9.1.3 をに当てると,の期待歪みはであり,よりである.

を見る.となるを固定し,とおく(の項は,定義 1.2.2 のとおりどちらの量にも寄与しない).はに値をとるから,のもとでのの条件付き分布は,でないほうの文字に,にを置いたものである.定義 1.2.2 のはこの分布に定義 1.1.1 を当てたもので,項は二つだけだからに等しく,例 1.1.2 よりこれはである.一方のもとでとなるのはのときだから,のもとでのの条件付き分布はに,にを置いたもので,同じ理由でである.定義 1.2.2 はこれらをで平均したものだから,二つの条件付きエントロピーは等しい.

条件を落として抑える.定理 1.2.4 の基本形(条件の一方を自明な定数にとった形)よりである.は確率で,確率でをとるから,例 1.1.2 よりである.だから補題 9.3.1 の第の主張よりである.

以上を合わせるとであり,を得る.◼

形式化上の注記

命題 9.3.2 にあたる宣言は無い.形式化には歪み尺度を具体的にとった実例が一つも置かれていないので,Hamming 歪みのもとで相互情報量を下から抑える宣言も無い(結論の形で探しても見つからない).

逆向きに作る

命題 9.3.2 の証明で不等号が入ったのは二か所である.定理 1.2.4 で条件を落としたところと,補題 9.3.1 の第の主張でをに置き換えたところである.下界を達成する条件付き分布を作る筋は,抑えたこの二つを抑えた値ちょうどにすることである.食い違いの確率をちょうどにし,しかも再現を知っても食い違いについて何も分からないようにする,ということである.

後者が逆向きの構成の理由になる.素直に思いつくのは,情報源を先に置いて,そこに確率の反転を独立に加えて再現を作る向きである.この作り方では,食い違いは作った時点でと独立になる.欲しいのはそちらではなく,と独立な食い違いのほうである.順序を入れ替えて,再現を先に置き,そこに確率の反転を独立に加えて情報源を作れば,食い違いは作った時点でと独立である.反転確率の二元対称通信路(例 6.1.8)を,情報源から再現へではなく,再現から情報源へ向けて使う,と言ってもよい.残るのは,こうして作った同時分布の第周辺が情報源の分布に一致するように,の側のパラメータを選ぶことだけである.

命題 9.3.3(下界を達成する条件付き分布). を実数,を実数とし,とする.とし,を,で定まる上の分布,を例 9.1.3 の Hamming 歪みとし,とを定義 9.1.5 のとおりとする.このとき,期待歪みがちょうどに等しい条件付き分布であって

𝐼(𝑝;𝑞∗)=𝐻𝑏(𝜋)−𝐻𝑏(𝐷)

を満たすものが存在する(は例 1.1.2 の二値エントロピー関数).

証明. 仮定から,すなわちである.まただからで,である.が確率でをとるとして,第周辺がになるという条件をについて解くと

𝑟:=𝜋−𝐷1−2𝐷

とおく.分母は正であり,より分子も正だからである.よりだからである.

同時分布を書き下す.上の数の組を

𝐽(1,1):=𝑟(1−𝐷),𝐽(0,1):=𝑟𝐷,𝐽(1,0):=(1−𝑟)𝐷,𝐽(0,0):=(1−𝑟)(1−𝐷)

で定める.どれも非負であり,総和はである.これは「を確率でにとり,そこに確率の反転を独立に加えてを作る」という手順が与える同時分布にほかならない.

第周辺がであることを見る.であり,である.すなわちについて足すとになる.

条件付き分布を取り出す.𝑝(1) =𝜋 >0,だからと定めることができ,値は非負で,各についてである.よっては定義 9.1.5 の条件付き分布であり,だから,に対応する対の同時分布はである.

期待歪みを求める.はの対でだけ値をとるから,定義 9.1.5 の期待歪みはである.よってであり,期待歪みはちょうどである.

相互情報量を求める.定理 1.3.4 よりである.第周辺がだから例 1.1.2 よりである.第周辺は,で,よりどちらも正である.であり,である.したがって,どちらのについても,のもとでのの条件付き分布はでないほうの文字に,にを置いたものであり,定義 1.2.2 と定義 1.1.1 によりは二項の和,すなわち例 1.1.2 のに等しい.定義 1.2.2 はこれをで平均したものだからであり,を得る.◼

形式化上の注記

命題 9.3.3 にあたる宣言は無い.Hamming 歪みを定めた宣言が形式化に無いので,その下界を達成する条件付き分布を作る宣言も無い(結論の形で探しても見つからない).

レート歪み関数

定理 9.3.4(二値情報源のレート歪み関数). とする.とし,を,で定まる上の分布,を例 9.1.3 の Hamming 歪みとし,とを定義 9.1.5 のとおりとする.実数について次が成り立つ(は例 1.1.2 の二値エントロピー関数).

  1. ならばは空でなく,である.
  2. ならばは空でなく,である.

証明.

  1. 命題 9.3.3 より,を満たすが存在する.とくには空でなく,は値の集合の下限だからである.逆向きを見る.だからであり,命題 9.3.2 よりこの値の集合のどの元も以上である.下限は下界のうち最大のものだからである.二つを合わせて等号を得る.

  2. まず命題 9.2.5 のを計算する.に対しては,に対してはだから,である.命題 9.2.5 よりは空でないから,に命題 9.2.1 を当てるとも空でない.そのうえで命題 9.2.5 の後半をに当てると,だからである.

◼

形式化上の注記

定理 9.3.4 にあたる宣言は無い.形式化には歪み尺度を具体的にとった実例が一つも置かれていないので,Hamming 歪みを定めた宣言も,二値情報源のレート歪み関数の値を述べた宣言も無い(結論の形で探しても見つからない).

両端で確かめる. 左の端はで,定理 9.3.4 の第の場合の値はである.であり,がと同値だから,命題 9.2.4 の仮定が満たされていて,これはそのと一致している.右の端はで,第の場合の式にこの値を入れると,なら,ならである(後者は補題 9.3.1 の第の主張による).すなわち第の場合の式と第の場合の値は,境目で段差なくつながっている.

通信路容量と同じ式になる. 公平なコイン(𝜋 =1/2)ではで,のときビットである.第6章 例 6.1.8 の二元対称通信路の容量と同じ式が,ここでは最小にした相互情報量として現れている.偶然ではない.命題 9.3.3 の作り方は反転確率の二元対称通信路を再現から情報源へ向けて使うもので,のときは再現の側が一様分布になる(命題 9.3.3 の証明のがになる).その通信路の容量を達成する入力がまさに一様入力なので,下界を達成する対の相互情報量が,例 6.1.8 の容量の値そのものになる.

得られた式が 9.2 節の一般論と食い違わないことも見ておく.について非増加であることは,補題 9.3.1 の第の主張がの上でが増えると言っているので,が増えないことから読める(命題 9.2.1).凸であることは,補題 9.3.1 の第の主張によりが凹だから,が凸であることから読める(命題 9.2.3).一般論が形だけを言っていたところに,二値の情報源では閉じた式が入る.

数で見る

例 9.3.5(の二値情報源). とし,𝑝(1) =1/4,𝑝(0) =3/4,𝑑 =𝑑𝐻(例 9.1.3)としてを定義 9.1.5 のとおりとする.このときは約ビット,は約ビット,は約ビットであり,ではである(図 9.3.1).

証明. だから,定理 9.3.4 よりではであり,ではである.

を求める.だから

𝐻𝑏(1/4)=14log2⁡4+34log2⁡43=12+34(2−log2⁡3)=0.5+0.75×0.4150…=0.8112…

である.ではだからで,約ビットである.

では,だからであり,で約ビットである.

では,だからであり,で約ビットである.◼

図 9.3.1. 例 9.3.5 の二値情報源(𝜋 =1/4,Hamming 歪み)のレート歪み関数.ではで,でに達する.点は例 9.3.5 で求めたの値である.

形式化上の注記

例 9.3.5 に対応する宣言は形式化されていない.

規模感. 例 9.3.5 の情報源では,歪みをいっさい許さないときの値が約ビットである.文字のパーセントの食い違いを許すだけで約ビットまで下がり,減り方はおよそパーセントである.パーセントの食い違いまで許すと約ビットで,およそパーセント減る.最初のうちは,わずかな歪みを許すだけで値が大きく落ちる.まで許すとになる.情報源を見ずにいつもを出す再現でも,食い違うのは文字のだけだからである(命題 9.2.5 のの読み方).

ここまでの主張は,どれも最適化問題の値についてのものである.9.5 節と 9.6 節へ進む前に,9.4 節でもう一つの具体例,すなわち実数値をとる情報源を扱う.

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