1.10 ファノの不等式
𝑌を観測して𝑋を推定(復号)したい.𝑌から𝑋を当てる復号器ˆ𝑋 =𝑔(𝑌)の誤り確率を𝑃𝑒 =Pr[ˆ𝑋 ≠𝑋]とする.直感的に,𝑋に残る不確かさ𝐻(𝑋 ∣𝑌)が大きければ,どんな復号器でも誤りはそう小さくできないはずだ.ファノの不等式はこの直感を定量化する.
本章のはじめに挙げた三つ目の問い,聞こえた単語𝑌から言った単語𝑋を推し量るとき聞き違える確率をどこまで小さくできるか,に答えるのが本節である.ここまでの節はずっと情報量の不等式を積み上げてきた.しかし聞き違いについて最終的に知りたいのは「実際にどれだけの確率で間違えるか」という確率である.ファノの不等式は,その二つを結ぶ橋である.「𝐻(𝑋 ∣𝑌)が大きい」という情報量の言明から「𝑃𝑒を小さくできない」という確率の言明へ渡れる.第6章では,電話を一般の通信路に置き換えて,容量を超える速さで送ろうとすると誤りの確率が0に近づかないこと(通信路符号化の逆定理)を示すが,その証明の要がこの橋である.橋の向きにも注意したい.不等式は𝐻(𝑋 ∣𝑌)を𝑃𝑒で上から抑える形をしており,実際の用途では,その対偶をとって𝑃𝑒の下界として使う.
主張と証明
定理 1.10.1(ファノの不等式). |X| ≥2とし,𝑔 :Y →Xを任意の復号器,ˆ𝑋 =𝑔(𝑌),𝑃𝑒 =Pr[ˆ𝑋 ≠𝑋]とする.このとき
𝐻(𝑋∣𝑌)≤𝐻𝑏(𝑃𝑒)+𝑃𝑒log(|X|−1),ここで𝐻𝑏は二値エントロピー関数(例 1.1.2).
右辺を読み解くと,𝑋に残る不確かさは「誤ったか否か」の 1 ビット𝐻𝑏(𝑃𝑒)と,「誤ったとき,残り|X| −1個のどれか」の不確かさ𝑃𝑒log(|X| −1)で説明しきれる,という上限になっている.言い換えると,𝐻(𝑋 ∣𝑌)が大きいのに𝑃𝑒を小さく保つことはできない.𝐻(𝑋 ∣𝑌) →大なら𝑃𝑒も下から押し上げられる.
証明. 誤り指示変数𝐸 :=𝟏[ˆ𝑋 ≠𝑋](ˆ𝑋 =𝑔(𝑌))を導入する.これはPr[𝐸 =1] =𝑃𝑒の二値確率変数である.結合量𝐻(𝐸,𝑋 ∣𝑌)を,𝑌で条件付けたチェイン則(定理 1.2.3 を𝑌のもとで適用)で二通りに展開する:
𝐻(𝐸,𝑋∣𝑌)=𝐻(𝑋∣𝑌)+𝐻(𝐸∣𝑋,𝑌)=𝐻(𝐸∣𝑌)+𝐻(𝑋∣𝐸,𝑌).左の展開から見る.ˆ𝑋 =𝑔(𝑌)は𝑌の関数なので,𝐸 =𝟏[𝑔(𝑌) ≠𝑋]は対(𝑋,𝑌)から一意に決まる.決定的な量のエントロピーは 0 だから𝐻(𝐸 ∣𝑋,𝑌) =0,ゆえに𝐻(𝐸,𝑋 ∣𝑌) =𝐻(𝑋 ∣𝑌).
右の展開は,二項を個別に上から抑える.
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𝐻(𝐸 ∣𝑌) ≤𝐻(𝐸):条件付けは平均エントロピーを増やさない(定理 1.2.4 の基本形).𝐸はPr[𝐸 =1] =𝑃𝑒の二値なので𝐻(𝐸) =𝐻𝑏(𝑃𝑒).よって𝐻(𝐸 ∣𝑌) ≤𝐻𝑏(𝑃𝑒).
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𝐻(𝑋 ∣𝐸,𝑌)を𝐸の二値で分ける:
𝐻(𝑋∣𝐸,𝑌)=(1−𝑃𝑒)𝐻(𝑋∣𝑌,𝐸=0)+𝑃𝑒𝐻(𝑋∣𝑌,𝐸=1).ここで𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝐸 =𝑒)は 1.2 節で断った混合記法,すなわち𝐸 =𝑒に固定した世界での𝐻(𝑋 ∣𝑌)である(𝑦についての平均は条件付き分布𝑝(𝑦 ∣𝐸 =𝑒)でとる).𝐸 =0のときは𝑋 =ˆ𝑋 =𝑔(𝑌)が𝑌で決まるので𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝐸 =0) =0.𝐸 =1のときは𝑋が𝑔(𝑌)以外,すなわち高々|X| −1個の値しかとらないので,最大エントロピー上界(定理 1.1.5)より𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝐸 =1) ≤log(|X| −1).したがって𝐻(𝑋 ∣𝐸,𝑌) ≤𝑃𝑒log(|X| −1).
左の展開の等式と右の二つの上界を合わせて
𝐻(𝑋∣𝑌)=𝐻(𝐸∣𝑌)+𝐻(𝑋∣𝐸,𝑌)≤𝐻𝑏(𝑃𝑒)+𝑃𝑒log(|X|−1).◼
誤り確率を下から抑える
ファノの不等式の対偶をとると,𝐻(𝑋 ∣𝑌)が大きいときに𝑃𝑒が下から評価される(図 1.10.1).これが逆定理で実際に使う向きである.
図 1.10.1. |X| =4のときの,ファノの不等式の右辺𝐻𝑏(𝑡) +𝑡log(|X| −1).𝑡 ≤1 −1/|X|で増加するので,曲線が𝐻(𝑋 ∣𝑌)の高さに届く点𝑎より左に𝑃𝑒は来られない.
系 1.10.2(誤り確率の下界). 定理 1.10.1 と同じ設定で,𝑎を0 ≤𝑎 ≤1 −1/|X|を満たす実数,𝑃𝑒も同じ範囲にあるとする.このとき
𝐻𝑏(𝑎)+𝑎log(|X|−1)<𝐻(𝑋∣𝑌)⟹𝑎<𝑃𝑒.
証明. 対偶をとる.𝑃𝑒 ≤𝑎とすると,右辺𝐻𝑏(𝑡) +𝑡log(|X| −1)は𝑡について区間[0, 1 −1/|X|]上で増加なので(この区間が「𝑃𝑒が小さい範囲」の正確な意味である),𝐻𝑏(𝑃𝑒) +𝑃𝑒log(|X| −1) ≤𝐻𝑏(𝑎) +𝑎log(|X| −1).定理 1.10.1 と合わせると𝐻(𝑋 ∣𝑌) ≤𝐻𝑏(𝑎) +𝑎log(|X| −1)となり,仮定の狭義不等式に反する.◼
右辺が増加する範囲に留まっているかぎり,𝐻(𝑋 ∣𝑌)の下界を持っていれば𝑃𝑒の下界が出る.第6章では,レートが容量を超えるという仮定から𝐻(𝑋 ∣𝑌)が大きいことを導き,ここを通して「誤り確率は 0 に収束しない」を結論する.効いているのは復号器𝑔を任意にとれることである.定理 1.10.1 が𝑔について何も仮定していないので,系 1.10.2 もどんな復号器に対しても成り立つ.これが「どんな復号器を設計しても」という逆定理の普遍性の出どころである.𝑃𝑒自身に置いた𝑃𝑒 ≤1 −1/|X|という制約は,右辺の増加域に留まるための条件で,逆定理が扱う「誤り確率が小さい」領域では自動的に満たされる.
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